引越しまであと一週間

引越し 先にゴミを持って行かないように、大まかに捨てるものは捨てて、売れるものは売った。今は衣類も本もCDも買取ってくれるところがあるから便利だ。ただ、やっぱりやってしまったのは本の整理の際。どうして今まで読みかえそうなんて思わなかったのにこうしていざ片付けますよ、捨てますよ、なんて時に無性に読みたくなるのだろう。何度も読み尽くしたマンガですら、12巻のあのシーンだけちょっと読みたいななんつって開いたが最後、気がついたら二時間も読みふけって今僕は24巻に右手を伸ばしてるじゃないか。僕はこのマンガの結末はもちろん、名場面のセリフすら暗唱出来るくらいに読み尽くしてるはずなのに。

引越しの準倍からそんな風に脱線したりその誘惑に立ち向かって見事勝利したりマンガではなく睡魔に誘われてちょっと南の島で泳いで鮫に食われそうになったりともし僕に孫でもできたらぜひとも聞かせたいわくわくはらはらするような冒険の数々をこなしながら、現実に外へ飛び出して郵便局や銀行でまた地味な手続きをする。それらがほどよく僕を現実にとどめておいてくれるし、むしろ初めての引越しの方が僕にとっては大変な冒険であるんじゃないかと心の中で笑いながら今日も習字の時間よろしく自分の名前を数回書いた。少し字がうまくなった気がする。ただし自分の氏名だけだけど。

引越しをするってことは、今寝ているご飯を食べているテレビをみているこの部屋の電気やガスや水道は使わなくなるということだ。というか使う為のお金を払うのを停めるということ。それらの連絡もしなきゃいけないんだな。あと一週間で使わなくなりますからそれ以降もし仮に誰かが電気を使ったとしてもそれは僕の知るところではありませんよという話。退居した次の日から僕のお金は新しい彼女、じゃなくて新しい部屋に使うんでよろしく、という手続きの電話を数件。これらは電話もしくはインターネットで済むから簡単だ。

引越しまであと一週間に迫り、五年も住んで親しみ馴染みあんな事やこんな事があったりあの子やあいつと遊んだ思い出の詰まったこの部屋も、つい一週間前までのそれなりに模様替えに気を使った面影はなくなってすっかり倉庫のような有様になった。部屋の大きさよりふた回りほど小さい四角いスペースにベッドだけが横たわりまるでベビーベッドさながらに段ボールの檻に囲まれた僕の居場所だけが今この部屋で自由な空間だ。

引越し 準備は早いにこした事はないが、あと一週間こんな状態でただ寝泊まりするだけのこの場所で、残った小物の片付けの手を休めてぼうっとする。なんだこれ。寂しさなんてものを認めるわけにはいかないので、新居のレイアウトに意識を飛ばす。単純な僕はもう新しい生活と新しい部屋に想いを馳せてわくわくしだした。